『劇画漂流(上)(下)』(辰巳ヨシヒロ/青林工藝社1,600円税別)
劇画版まんが道
マンガ関連本ではなくマンガそのものであるが、劇画版まんが道とも言える本書を読むことで日本の劇画のルーツがどこにあるのかがよく理解できる。ちなみに、本書はまんだらけが出している古書目録などに10年に渡って連載していた作品で第13回手塚治虫文化賞を受賞している。
辰巳ヨシヒロの作品を見たのは多分60年代後半から70年代にかけてだと思う。漫画ゴラクや漫画サンデーといった大人向けのマンガ雑誌に連載されていたように思えるがこれといった記憶がない。おそらく代表作といえるようなヒット作品がなかったのであろう。その意味では本書が一番の代表作である。
マンガ史における辰巳ヨシヒロの功績のひとつは「劇画」の命名者であるということだろう。確かに辰巳がこのネーミングを思いついた50年代後期には子ども向けではないマンガが既に存在していたのである。それを考えると、1974年のヤマトでアニメにおける青年層ファンが顕在化する20年前にマンガの世界では大人向けのジャンルが確立されつつあったのだ(北沢楽天や岡本一平の系譜を引く大人向け漫画ではなく手塚治虫のストーリーマンガの系譜を受け継いだもの)。
しかしながら、おそらく劇画のイメージとして一般的に思い浮かべるのは辰巳と同郷の仲間さいとう・たかおや『忍者武芸帖』などの白土三平であろう。それは辰巳が60年代に入りブーム化した劇画の粗製濫造に疑問を持ち路線を変えたためで、実際私がマンガ雑誌で辰巳作品を目にするようになった頃には劇画が持つハードボイルドな印象はなくなっていた。
残念なことにこのマンガは劇画が最盛期を迎える前で話が終わっている。年代的には1960年頃のことになるが、これでは蛇の生殺しである。続編を是非望みたいが上下巻合わせて800ページを書くのに10年余りかかったというから、かなり気の長い話になるかも知れない。でも、それでも是非見てみたいものである。尚、辰巳と一緒に劇画工房の同志であった佐藤まさあき『「劇画の星」をめざして』も併せて読むと更に理解が深まるのでお勧めする。
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