ニール・ゲイブラー/中谷和男訳『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』
(ダイヤモンド社/1,900円税別)
タイトルを見てすぐに想い出したのが『闇の王子ディズニー』(マーク・エリオット/草思社)である。ウォルト・ディズニーがFBIのスパイ(実際は情報協力者)であり頑迷な反ユダヤ主義、反共主義であったとスキャンダラスにその生涯を描き話題になった。この本もタイトルからしてその種の暴露本であると思ったのだ。
ところが実際読んでみると実に真っ当かつ詳細なディズニーの伝記であった。原題は『Walt Disney』であり邦題は出版社が向こう受けを狙ってつけたものであろう。
本書のセールスポイントはディズニー社による全面協力にあるが同社の検閲は受けていないという。今までのディズニーの有り様を考えるとにわかには信じがたい話であるが、ディズニー本人の個人的な側面も忌憚なく描かれている。特に晩年顕著になる妻との不仲、社交嫌い、アルコール依存などについても相応にページが割かれており評伝としてのバランスは取れている。
個人的にはアニメづくりだけではなくその環境づくりについても改めて考えさせられる点が多かった。1939年(昭和14年)にバーバンクに建てられたスタジオには当時には珍しい冷暖房完備が完備しており、最新設備が投入されていただけではなく、食堂やコーヒーショップ、理容室、インストラクター付きのジムといった厚生施設まであった。敷地面積は50エーカー、東京ドームの4.3倍、昭和32年に完成した東映動画(大泉)の58倍という広さである。日本では未だに戦前のアメリカを超える環境にはない。
本書はディズニーの評伝としては現時点における決定版といえよう。600ページもあるがウォルト・ディズニーに興味があれば難なく読める。もしアメリカのアニメについてもっと知りたければ、ディズニーに関する本を多く著している有馬哲夫氏の『ディズニーとライバルたち』(フィルムアート社)を読むことをお勧めする。1930年代から1940年代にかけてのアメリカの黄金時代がディズニーを中心としてほぼつかめる。
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