海部美和『パラダイス鎖国』(アスキー新書724円+税)3〜ゴールデンカップスその2
ゴールデンカップスを見たのはTBSの「ヤング720」への出演であった(ビクターがスポンサーのシルビー・バルタンやウォーカー・ブラザーズ、あるいはサベージなどが出ていた番組かも知れないが)。この番組、毎朝7時20分から放映していた若者向けの情報番組で、時々ライブ演奏をやっていたのであるが、ある朝突然カップスが登場したのである。本牧の不良バンドがこんな朝の番組によく出演したと思うが、これにはたまげた。
確かデビューシングルの『愛しのジザベル』をやっていたと思うが、中学に入ったばかりの私はその余りのカッコよさに画面に釘付けになってしまった。特にルイズ・ルイス・加部(後にジョニー・ルイス&チャー)の「リードベース」には目が点になった。ビートルズのポールと同じへフナーのバイオリンベースをリードギターのように弾きまくるのであるが、元々ギタリストであった加部の超速奏法にぶっ飛んだ。
リーダーでボーカルのディブ平尾の歌唱法も独特であった。英語の歌ばかり唄っていたのでなかなか日本語の歌詞に馴染めなかったというその唄い方は、ロックのビートに日本語を乗せたさきがけであり、桑田圭佑や氷室京介に受け継がれている。
ゴールデンカップスのメンバーは個性豊かで、アメリカ人とのハーフで音楽的リーダーだったケネス伊藤、イーグルスのドン・ヘンリーやザ・バンドのリヴォン・ヘルムのようにドラムの叩きながらリード・ボーカルをとるマモル・マヌー、ロビン・ロバーソンのような渋いリードギター&ボーカルを聞かせる中国籍のエディ播、ビザ問題で帰国したケネス伊藤に替わって入ったキーボードのミッキー吉野は後にゴダイゴを結成、『銀河鉄道999』の主題歌を大ヒットさせる。この他にも柳ジョージやアイ高野も一次在籍していたこともある。
ゴールデンカップスは洋楽が邦楽より偉かった時代の象徴とも言えた。その当時の雰囲気は2004年に公開された映画『ワン・モア・タイム』(ポニーキャニオン)で伺い知ることができる。これは再結成をきっかけとしてつくられた彼らの足跡を追ったドキュメンタリーで、昔の映像の他、再結成のライブ、忌野清志郎や矢野顕子、北野武らのインタビューで構成されている。
この映画にモックン木本雅弘の義父であり「シェケナ・ベイビー(shake it up baby)」のフレーズや、ウドー音楽事務所への殴り込みで有名なかの内田裕也氏が登場するであるが、今から考えると嘘のような話であるが、氏は30数年前ほど前に日本語でロックは歌えないと提議し、「はっぴいえんど」などを巻き込んだ論争となったことがある。そして、このテーマ、その後も結構長く尾を引いた。
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