『トキワ荘実録』(丸山昭/小学館文庫500円税込)『トキワ荘の春』(石ノ森章太郎/清流出版1,600円税別)
松下村塾であったトキワ荘
手塚治虫生誕80周年ということで手塚本が相変わらず出続けており、気が付く限り購入しているが、その中でも多いのがトキワ荘ものである。今回紹介する本もかなり前に出版されたもののを(それぞれ1993年と1981年)新装版として出したもので、手塚80周年、石ノ森70周年というタイミングはあったにせよ未だにニーズがあるという証左であろう。
手塚治虫は改めて述べるまでもなく日本のマンガとアニメの興隆を生み出した人間であるが、戦後マンガが一大産業にまで発展したのはもちろん手塚一人だけの力ではない。奇跡的と言ってもよいほど手塚に続く優秀な人材が次々と現れた。その意味で、敗戦から現在に至る数十年は、寺田ヒロオが言った「まんが維新」(『まんが道7』藤子不二雄A/中公文庫コミック版)の時代だったのではないだろうか。
明治維新を担った人材を輩出したことで知られる「松下村塾」は吉田松陰が江戸時代末期に長州萩城下松本村につくった私塾である。驚くほど小さなその塾から(世田谷線の松蔭神社に再現されているので是非見て欲しい)高杉晋作、久坂玄瑞、前原一誠、伊藤博文、山県有朋、品川弥二郎などの明治維新を支えた人材を輩出した。
同様に部屋数たった十数室の小さなアパートに手塚治虫、寺田ヒロオ、藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二夫、水野英子、よこたとくお、鈴木伸一、森安なおや、つのだじろう、長谷邦夫、坂本三郎、園山俊二、永田竹丸などが集い昭和のマンガ維新の拠点となった。その意味でトキワ荘は手塚を塾頭とした現代の松下村塾と言えるであろう。
夭逝した吉田松陰と違い、手塚は長らく第一線で活躍し日本のマンガ産業の成立と発展に大きく寄与した。その意味で手塚治虫は吉田松陰のみならず、明治政府を形成した大久保利通や伊藤博文のような役割も果たしたと言えるではないか。
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