『ジャパナメリカ』ローランド・ケルツ著/永田匡訳
(07年/ランダムハウス講談社/1,800円税別)
この本は海外において日本のアニメビジネスが持つ問題点をズバリ指摘している。それを著者はこう記述している。
「本来なら世界中で大きな収益を上げる業界へと発展しているはずの時期に、アニメ業界が苦境に立たされているという状況は、実業界だけではなく、日本社会全体の問題を象徴的に示している」
日本のアニメ業界が取り立てて苦境にあるとは思わないが、著者の言わんとしていることは明確である。世界的にアニメがこういう状況になっているのに、なぜ、もっと真剣にビジネスに取り組まないのかということである。
世界のアニメ65%を占めているのであれば著者の言うように、もっと収益があってもいいはずである。そうなってないのは、業界がまだそういった意識を持っておらず、従って「ビジネス力」がついていないからであると考える。『アニメビジネスがわかる』でも指摘した通り、海外ビジネスに対する意識の変革と同時に「ビジネス力」を持つプロデューサーの育成が急務である。
また、このまま日本のアニメが順調に進出すれば、反日感情が高まる可能性を示唆しているのも正しい。すでに、1970年代から日本のアニメは海外で人気が出すぎると放送中止になったり法規制をかけられるという苦渋を何度か味わっている。
著者が指摘するこの反日感情の根元にあるジャパノフォビ(日本恐怖症)についても真剣に考えなければならないであろう。日本のアニメ表現は世界的に見ても非常に自由で、日本人は何とも思わないようなシーンでも暴力的、性的と非難される可能性は非常に高い。
著者はアニメ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、アメリカと日本で育った編集者、文学研究者、作家である。いわゆるアニメオタクではない。東大で講師として英米文学を教えているインテリである。そのためか、海外、特にアメリカにおいて日本のアニメが一般的にどのように見られているかがよくわかる。この本がアメリカで売れたということは、その層にも確実に日本のアニメが浸透しつつあるということで素直に喜ぶべきであろう。
しかしながら、翻訳の問題もあってか明らかに違っていると思われる点が幾つかあった。揚げ足を取っているようで気後れするが老婆心だと受け止めてもらいたい。
① 手塚プロの清水義裕氏を50代後半としているが氏は1958年生まれの40代後半。氏とは面識があるが幾らなんでも50代後半とは可哀想。
② 『鉄腕アトム』の制作費を1話3千ドルとしているがこれでは不親切。55万円であったのは広く知られた事実であるので書き添えるべきではないか(津堅信之氏の『アニメ作家としての手塚治虫』(NTT出版で実は155万円であったという新説が披露されている)。
③ 翻訳の問題であると思うが、宮崎駿氏が「視聴者」という発言をしたとあるが、宮崎氏が観客に対し視聴者という言葉をつかうとはとても思えない。
④ 「アニメ・コンソーシアム」という言い方をしているが、これは製作委員会であると併記、あるいは注釈を入れた方がいい。
⑤ 「日本の才能あるアニメーターの空洞化をさらに悪化させているのは、アジア諸国との間で競争が激化」とあるがその事実はない。また、すぐあとにセル画とあるがこれは動画のことで、この職制をアジアへアウトソーシングせざるを得ないのは付加価値が低く単価が安いからである。
⑥ 日本のアニメが海外で成功してもアニメーターには一円も入ってこないとあるが、これはアメリカでも同じ。事後分配を受けていたアニメーターなどディズニーでも聞いたことがない(もっともギャラ自体が全然違うが)。
⑦ トムス、東映アニメーション、サンライズの三社が投資協同組合を形成してアニマックスを立ち上げたとあるがこの三社は株主の一員である。アニマックスはソニー・ピクチャーズ傘下でロスのヘッドオフイスのコントロール下にある。
⑧ 「ハンナ・バーバラ式の共同体」とあるが意味不明。ハンナ・バーバラは普通の企業である。1957年設立だが1960年代タフト・ブロードキャスティングの傘下となり、その後グレート・アメリカン・コミュニケーションズ、ターナー・ブロードキャスティングと所有者が替わり現在はワーナーの傘下である。
⑨ アニメ製作・制作会社の「自社生産」と「委託生産」いう表現があるが、ここに書かれてある会社の制作状況は大同小異で明確に分けられるものではない。そもそも日本のアニメ製作・制作会社で全行程を自社でまかなえる企業は一つもない。各社共に状況に応じて「丸投げ」したり、「話数出し」の比率を変えているだけである。
⑩ これも翻訳の問題だがマンガを「配給」するとは言わない。普通「配本」あるいは「流通」であろう。配給は映画用語。
⑪ 「おおかたの推測では七万にものぼるオリジナル作品」とあるがこれは作品数と明記した方がよい。この書き方だとタイトル数と誤解してしまう。日本のアニメは劇場、テレビ、OVA合わせても5千から6千タイトルである。
⑫ 「『シンプソンズ』の成功はアメリカのテレビ視聴者が、ゴールデンタイムでも、アニメを見るという証になった」とあるが、ハンナ・バーバラ製作の『フリントストーン(原始家族)』が1960年にABCのプライムタイムで初めてオンエアーされ大成功を収めている。ちなみにこの時のスポンサーはタバコ会社であった(セーラム)。
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