〈手塚治虫とアニメ〉アニメの繁栄を築いた手塚治虫
手塚治虫以降のアニメ7〜日本流リミテッド・アニメへの挑戦
これは半ば伝説となっているが、手塚治虫がスポンサーである明治製菓と話し合って決めた『鉄腕アトム』の製作費は55万円であった。
この辺の経緯についてはいろいろな所で語られているので割愛するが、当時の55万円は現在だと200万〜300万円といったところで、現在相場から考えてもかなり安い。実際、一本につき当初は250万程度かかっていたらしく(現在なら1,200〜1,400万円程度か)、差額は手塚のマンガ原稿料などで補填していた。しかも、その当時は現在アジア諸国にアウトソーシングしているような付加価値の低い作業であっても虫プロの内部で行っていたためコストは現在より確実に高かったはずである。
だが、製作費もさることながら、一番の問題は毎週放映されるまでに納品できるかどうかということであった。なにせ日本で初めての試みであり誰も勝手がわからない。圧倒的な人手不足を補うために、制作現場では今までにないような工夫がなされるようになった。
そのひとつが、当初行われた原画が描ける5名が1話全てを責任持って担当するというシステムであった。これは、そのエピソードの監督、シナリオ、絵コンテ、原画の全てを一人で担当し、5〜6名でも1ヶ月以上はかかる作業を5週間でやてしまうという常識外のものであった。
スタッフは不眠不休体制でひたすら作業に打ち込んだがそれでも間に合わない。納期に追われながら色々工夫を重ねるうちに、やがて自分たちなりの省略法=リミテッド・アニメの道筋が見えてきた。それは「簡単で、動画枚数のかからない、動かし方のパターン」(『虫プロ興亡記』山本瑛一/新潮社)であり、手塚流のコンセプト・エンジニアリングの答えであった。
【鉄腕アトムから生まれたリミテッド・アニメの手法】(要約)
〈1三コマ撮り〉
一枚の動画を三回撮影する(一回は二四分の一秒。フルアニメは一枚の動画を一回、もしくは二回撮影する。
〈2トメ〉
文字どおり歌舞伎の見栄のように静止させる。
〈3引きセル〉
人物がバストショットでフレームインするとか、車がよぎるといった、キャラクターが一方の面だけをことらにむけ、あまり動きのない場面は、動画一枚にし、そのセルをずらしながら撮影して感じを出す。
〈4くりかえし〉
歩いているときなどキャラクターの動きを繰り替えさせ、背景のほうをスライドさせる。
〈5部分〉
顔と身体はそのままで、腕や足だけ動かす。
〈6口パク〉
セリフをしやべるときに口だけ動かす。
〈7兼用〉
同じ動画を何カットも兼用する。
〈8ショート・カット〉
ワンカットが長いと、キャラクターを動かさなければならないのでカットを短くすることで躍動感を出す。
『鉄腕アトム』を制作する上でのやり繰りの中から生まれたこれら日本独自の制作スタイルは次第に主流となり、その後の生産性を高める原動力となったのである。
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