『世界は俺が回している』なかにし礼
(09年12月/角川書店1,800円)
ピカレスクの所業
「ギョロナベ」こと渡辺正文氏にはお会いした事はないが、その名前はしばしば耳にした。最初にその名前を聞いたのは、遥か昔、最初に就職したレコード会社の社長が、ギョロナベは許せんとか、嫌な奴だ、といった話をしていた時である。多分、80年代初期、TBSの人気番組、ベストテンがらみの事であったのではないか(多分、番組ブッキングの事だったと思われるが)。
確かにこの本を読むと社長が怒るのも無理はないと思う。絵に描いた様な傲岸不遜なテレビプロデューサーである。それも全盛期のメディアとして君臨していた時代の事で、また、個人的にも氏の叔父は電通の吉田秀雄。今と違って管理も緩く個人プレイが許された時代におけるその権力は絶大なものがあったであろう。
90年代以前、テレビの音楽番組が市場を動かす力を持っていた時代には(テレビに出演するとホンとに数字が動く。翌日各地の営業所からバックオーダーがドッと来る)、ギョロナベさんの様な音楽界を動かせる様なプロデューサーがどの局にも居た。代表的なのはNTVでシャボン玉ホリデーなどの音楽バラエティ番組をつくった井原高忠さん。
三井財閥の家系ながら慶応在籍中からバンドマンとして活躍、その後日テレに入社し『九ちゃん』(坂本九です)『ゲバゲバ90分』『スター誕生』などのヒット番組をプロデュース。制作局長にまでなるが公言通り50歳で引退しハワイに移住。鮮やかな引き際であった。
井原さん程のスケールはないがどの局にも音楽を仕切っているプロデューサーがおり、NHKなら紅白のKさん、CXならヒットスタジオのHさん、そしてTBSならベストテン、そしてベストテンや東京音楽祭のギョロナベさん。
井原さんもそうだが、彼らは押し並べてバンドマン上がりで譜面が読め、それに添ってカット割り出来るといった人間である(東大卒のKさんはわかりませんが)。いま、おそらくそういったキャリアの人間はテレビ局すら入れないであろう。
レコード売上に対しダイレクトに影響を与える番組を仕切っているプロデューサーに対し、音楽業界がアプローチをかけないはずがない。50年代、アメリカのラジオ局でレコード会社が自社の曲をかける様、DJに対するペイオラ(Payola=ワイロ)が日常的であったのを見る間でもなく日本のテレビ局でも当たり前であった。
とは言え、公の電波を預かるテレビ局でそういった行為が認められるはずもなく、影でヒッソリとやるべき事だった。少なくともやってる個人もテレビ局もそういった認識はあった。
ところが現在ではどうか。プロデューサーがつくった会社にこっそり楽曲の出版権を振り分けるといった類いの、本来なら恥ずべきであった事が、今ではテレビ局自らがそれらを要求する様になった。
かつてのプロデューサー達が現在のテレビ局の所業を見たら何と言うであろうか。ピカレスクな側面を否定出来ないそれらの音楽ドン達でさえ、「そりゃ、やり過ぎじゃねえのか」と言うのではないだろうか。
コメント