(2013年3月/須川亜紀子/NTT出版税別3,800円)
この種の研究本が生まれることは、アニメが社会的、文化的な広がりを持ちつつあると言うことで非常に有意義なことである。議論の活性化に一役買うのは間違いないであろう。また、ジェンダー論と魔法少女という論点も画期的である。
で、内容はと言うと。うーん、多分面白いのであろうが、これも隔靴掻痒というか、いまいち分からない。必ずしも本書の筆者だけの要因でない事情もあるのだが、ひとつは(多分)テクニカルタームが多いということ。文章自体は難しくないのだが、肝心の述語や修飾語がよく分からないので読み解けない。
エスニシティー、コーホート、ヘゲモニティック(「覇権的」と説明があるが、どうにもニュアンスがつかめない)、ホモソーシャルなど、見慣れないカタカナが多発されるが、価格は3,800円(税別)と研究書並みであっても、少なくとも一般読者を対象としているはずであるから、この辺は何とかして欲しいものである。
あとは、ジェンダーをよく知らない、少女向けアニメをそのような観点で見たことがないという事情も加わる。ということで、決して読みにくいわけでないのだが、何を言わんとしているかがよく分からないである。
それと、正直言って、「これってホンマかいな?」という疑問も残る。果たして直輸入ジェンダー論をそのまま当てはめられるのか、ということである。この種の手法は、かつてマルクス主義で文学などを解析するのに近い危険性を含んでいると思うのだが(プロレタリア文学論。宮本顕治の「敗北の文学」ですな)。
258で話したが、文芸評論家の平野謙のように、まず作家を含む作品の意図や経緯、背景なりをもっと調査すべきではないだろうが。そうしないと、ジェンダー論から見た「感想文」になりかねないと思ったりもする。
また、拍子抜けするのは「まどかマギカ」への言及がないこと。もちろん、「魔法少女を少女がどう受け止めたのか」というのがテーマなのだから当然なのかも知れないが、現在で魔法少女といえばマギカと受け止める人が多いのだから、何らかの言及は是非して欲しかった。次は、「なぜ魔法少女は少女からオタクへのものとなったのか」というのでお願いします。買います(笑)。
本書はアニメ研究に一石を投じたのは確かだと思うので、出来たら800円位の新書本で、誰にでも分かる言葉で書いてみては如何か。多分、魔法少女のジェンダー論的なタイトルなら結構売れるのではないかと思うのだが。
と思って後書き見たら「植草(拙著の編集者)本」であった。辛口でしたが、みなさん、ご一読の程、宜しくお願いします(笑)。まあ、ひょっとしたらカタカナ語などの多用なども、ひょっとして議論を呼ぶための戦略だったかも。
コメント