企業ヒヤリング18〜Vol.16 アトリエ・ムサ
【選定理由】
エミー賞受賞というニュースを聞いて興味を持った事もあるが、かなり進んだデジタル環境を整えていると聞き伺った次第である。
【企業概要】
1) 企業名:有限会社 アトリエ ムサ
2) 所在地東京都練馬区石神井町
3) 設立:1987年8月
4) 代表者:池田繁美
5) 資本金:3,000,000円
6) 機動戦士ガンダムシリーズ作品の美術監督であった代表が1986年に設立した。
7)企業属性:美術制作会社
8) 従業員:15名
【業務概要】
1) 従業員の職制:基本給。保険等は加入を検討したが従業員の希望もあり個人となっている。
2) 制作ポリシー:
・ エミー賞は行く前に既に分かっていて、これは日本でも騒ぎになるんじゃないかなと思ってたら、そんなことが全くなくて拍子抜けした。ロサンゼルスまで行くのも面倒だから宅急便で送ってくれればと思いつつ行ったら、大騒ぎ。日本とは全然違ってびっくり。
・ エミー賞を取ったからといってアメリカから仕事のオファーが来ることもない。アメリカでは日本みたいなアニメを作っていないからか。
・ アメリカでは賞が取れないと分かると辛口の反省会が始まる。やっぱり残酷シーンがだめだったとか、いう風な話し合いがあって、日本でこういう話し合いやると一発で仕事なくなってしまう。日本とアメリカの熱意の差を凄く感じた。
・ ヤマトの西崎さんと仕事をしたが、ああいう人が向こうには沢山いる。日本だと、真剣な話をすると怖がってしまう。やたら言われているのは、ムサに仕事をして欲しいけれど池田さんは怖いと。ちょっと真剣な打ち合わせをすると怖いと言われてしまう。笑いがないとダメ。
・ 仕事を選んだりしていない。ただウチはサンライズの専属に近いモノだと思われている節がありなかなかお話が頂けない。
・ 本来はデジタルには消極的なはずだった。最初はスタッフも嫌だと言ってたが、手描きでもパソコンでもどちらでもいいよと言って、パソコン部屋を作った。描いた背景をスキャニングして処理したところから始めたが、試しに各スタッフにパソコンを1台ずつ持たせてみようと投資した。そしたら全員デジタルに変わってしまった。強制した訳ではないのだが。
・ しかも、手描きのスタッフがデジタルになったら辞めるとう事もなく。スムーズに移行出来た。
・ 代表はほとんど設定しかやっていないが設定もデジタル。ペンタブレットでやっているが、鉛筆と何ら変わらない。元々自フェルトペンでやり直しが効かない状況下でやっていたので、やり直しができるだけいいやと、いう感じ。ペンタブレットもあれだけ進歩しているとは思わなくて。使ってみたら全く遜色なく、設定描いている点では違和感はない。
・ デジタルのメリットは沢山ある。やり直しや色の調整も出来る。描き方によってはデジタルと分からない。特にウチの場合はテクスチャを何万点とストックしていてそれを組み合わせて作るので、密度は高くなった。
・ デメリットは、演出さんの中で「デジタルは嫌だな」流行り文句がある。一先ずこの言葉を放っておけば、自分は結構深く見ている演出なんだぞ、という程度のジャブだろうが。
・ 得意先の方からも出来ればオールデジタル化はして欲しくないと言われ。結局強引にデジタルにしたが、特にクレームもなく、結局オールデータ納品になってしまった。
・ デメリットで一番多いのが、手描き風に見せたい意味合いだろうが、演出のオーダーでわざと線が「ふにゃ」っと描いてある作品がある。美術としてはあの様な背景を手描きで描いたことは一回もない。溝引き直線をさっと引く技術もあるので、そうか、手描きだとそこまでアバウトに捉えられており、だからデジタルの線が気に入らないと言われてしまうのかと。で手描きでやったら凄いけど、デジタルだったらどうって事ないよと言われる。やってる手法は一緒なのだが見映えではなく、手間の数で評価される。
・ 作業は早くなったが、その分仕事の密度も上がったので、かかる時間や手間はさほど変わらない。とてもじゃないが、今やっている背景を手描きでは絶対に無理。
・ 先程も言ったように、テクスチャが何万点も用意されてあって、木とか観葉植物を選んで設置すると言う方式を使っているのでその種の手間はかからない。最初に描く時の手間は掛かるが、一度出来上がってしまえば森を作るのも木を選んで並べて行けば出来るので時間はかからない。ただし、当然今まで無いものも出てくるので、その分は新しく書き起こさなければならない。最終的にフィニッシュにはキャリアがいる。
・ 同時に密度を上げないと見られない。昔みたいにちょっと地塗りをしてちょっと手を入れる様な簡単な背景は出来ない。
・ ウチのスタイルだとテクスチャの数が少ないと見窄らしい絵になってしまう。従って、自ずと密度を上げないと見られない絵となってしまう。
・ 確かに手描き同然に描けるソフトもあるが、それだとデジタルのうまみが損なわれて、手描きと同じ時間がかかってしまう。
・ 初心者でも出来るという意味は、木一本に関しては既にクオリティの高いものがあるので問題はないが、組み立てる際の空間の感覚とかパースの意識とかはないとまずいのでそれは教えている。それで組み立てれば一応仕事になるという意味。
・ 3Dの背景についてはどういうふうに導入しようかと考えている。今入れてもしょうがない。やってるところもあるが、あれは自主的にやってるだけである。もし制作から要求されたらば、それなりの予算組んで設備投資が必要。そんなことを要求する制作会社はないが、ゲーム業界から来る可能性はある。
・ ゲームは最近ないがちょっと前までやっていた。ただ、ゲーム業界とアニメ業界の作り方に違いが有り、変更が多くスタッフが怒ってしまう。ゲーム業界はクオリティを良くするために一度作ったものを変更して来る。変更に変更を重ね、煮詰めに煮詰めて、さらに手を加えて完成だが、アニメの場合は最終的な完成形がコンテで示されており、それを目指して作って行く。
・ アニメのリテイクは、ここがリテイクだと明確な指示が来て直すのに対して、ゲームの場合は、単にもうちょっと良くしたいんでここをこういうふうに変更しました、と後付で来るので、スタッフが怒ってしまう。
・ アニメの1週間はゲームの1ヶ月に相当。ただギャラもそれなりなので悪くはないので引き受けたが、それでもゲームの内容を教えてくれないのでつまらないという感じはする。ある人気ゲームにちょっと関わったことがあるが、内容教えてくれないまま、「こういうの描いて」といわれるのは正直面白く無いので。設定をやったりしている人間は色々と状況を考えながら作るので、それが一切ないのでつまらなくなって結局辞めてしまった。
3) 労働環境:
13時頃に出社して0時頃に帰るのが標準となっている。代表も夕方頃に出社しスタッフが帰るのを見届ける。
【人材育成】
1) 採用傾向:
・毎年採用しているが、基本絵に興味のある人間。正直不器用な人はダメ。器用な人間は意外と出来てしまう。
・絵の上手い人は素人でも沢山いるがプロとの違いはスピード。多分学校出たてでも1週間かければ良い絵を描ける人はいるが、それは望まれていないので、そこでプライドが傷ついて辞める場合がある。
・Photoshopを使えるのが前提だが、応募者が少ない場合、Photoshopから教える人もいる。
・メールで20人ほど応募が来たが、文書の書き方がなってなかったり、作品見たいというと応答がなかったり、質としてはそこまで高くなかった。
ただ時期もあるかと思う。1月になってからどっと来る場合がある。普通の4大生だったら就職活動している時期だが、それが大卒でバイトしてたとか、リストラになった人とか。
・ CGだと人が来る。以前、求人誌でアニメ背景の応募をすると数名しか来ないが、CGデザイナーという様な名称にすると200名ほど応募があった事がある。
・ CGの方がカッコいい。昔ゲーム会社の人間は、「自分たちはアニメをやってるんじゃない、CGやってるんだ。だから自分達の方が上なんだ」という意識があったが、アニメの人間がゲームに入るようになって、単価が下がるし、迷惑だと苛立っているというのをアニメ業界とゲーム業界の会話で聞いた事がある。
2) 募集方法:
・広告、HP、教育機関への求人票。
・応募は少ない。登録すれば応募は沢山来るが、「なんだこいつ」という人間が来るケースが多いので学校の卒業生が望ましい。
3) 初任給:新人初任給170,000円、賞与年2回。
4) 研修ポリシー:
・研修期間は設けている。時間は11時頃から19時まで。楽しくやっている。ただ研修が終わっていざ本番となると辞める人が多いで。研修期間中は学校行きながらとか、後週2~3日なので。夜7時に帰れるし、楽しいのだろうが、実践になるとそうは行かない。またスタッフの中にもストレートに言ってくる人間がいて、「僕を必要としてくれる会社に行きたいです」とか言って辞めるたりする。
・新人・スタッフに対し、「今あなた達はお金を稼いでいない。お金を稼いでいるのは先輩たちが稼いでいる。その先輩たちが仕事をしやすいように、持ち回りで掃除などをしてくれ。それはなぜかというと、あなた達の給料を先輩たちが稼いでいるからだ」、ということは常日頃言っている。
・最近「終わらないなら終わらない」とハッキリ言わない子が多い。言いたくないことは言わなのであろう。制作さんもそうだが、現場とトラブルが有っても、スタジオに帰って言わない。だからいきなりプロデューサーとかデスクから、「どうしてですか」、と電話がかかってきて、そこで初めて明らかになる。
・終わらないと言えない新人もそれと似たようなもの。その人間に取ってストレスが強すぎるのであろう。実際弱い。胃を痛めるなど辛いのであろう。プロとしての意識が欠落している。
・仕事をして納期を守るのは当たり前の事。もし守れないと分かった時、それを言うこがそんなに辛いのかと。終わらいなら終わらないなりに手を打つので、「終わらないと言って来る様に」、と言うのだが、これが出来ない。
・有り体に言えば、これでサラリーマンなら通用しないだろうなと。普通の人間関係も上手く出来ないだろうなという感じの人が多い。辞める時も知らない間に荷物を片付けて、帰りの電車からメールで辞めますとか言って来る人間がいる。「最高じゃない。君それで済むと思ってるの?そうじゃないんだよ。も一回会社に来てちゃんと話をしようねと」と優しく言って上げたりする(笑)。
・でもそういう人が多い。ただ昔の様に、いきなり来なくなる事はないので、まだましかも知れないが。悪気があるわけじゃないが、彼らに取ってはそれが自然なのかも知れない。
5) 研修内容:社内の専門家が教えている。
6) キャリアアップ:作品を担当させる。ハードルは高く、独立させるつもりでやる。
7) 資格制度:否定的
【所見】
率直な方で色々話が伺えて有意義であった。デジタルに関して様々な世評があるが、代表のエミー賞受賞をどう捉えるべきか。冷静な評価が必要なのではないだろうか。